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ヘビが脱皮したみたい

公開日:2015/06/11

この2日間、忙しかったのに加えて体がだるく、時間があったら寝てばかりいて、お風呂に入る気さえ起りませんでした。
 今日は何が何でもとお風呂に入り、体を洗い、髪を洗って出て来ると、身軽になった気がしました。
アカが落ちた数g分軽くなったような感じです。

めいさんは久し振りにお風呂に入った時にはいつも言っています。
「ああ、ヘビが脱皮したみたいだ。 ヘビも脱皮したらこんなふうに気持ちがいいんだろうなあ。」と。

きっとめいさんはヘビの皮のようなアカの膜が、鎧のようにできるのだろうね。

頭の錆が落ちた2日間

公開日:2015/06/08

米子東高65期の同窓会が今年もまたありました。

今年のお江戸散策は谷根千。
谷中霊園から始まって夕やけだんだんを通って谷中銀座商店街へ。
谷中銀座はネコグッズだらけ。(面白かった)

昭和のにおいのする懐かしい商店街でした。(もっとお店を覗きたかった)
森鴎外記念館にも足を運び、交友のあった人の手紙などを観たけど、肝心の日本語が読めない!
昔の人は漢字が多く、達筆で、手紙そのものがアートでした。

私はどこをどう歩いてどこに行ったのか、すぐに忘れる頭の造りなので、置いて行かれないように友達の後を金魚のフンのように付いていくのがやっとでした。
でもとても楽しい散策でした。(また行ってみたいな)
この日歩いたのは何と8㎞だったそうです。

上野の西洋美術館の辺りで雨がポツリポツリと降って来て、地下を通って同窓会会場の門前仲町へまっしぐら。
普段お酒の飲めない私なのに、酎ハイ3杯、カクテル1杯、ワイン1杯と雰囲気に呑まれてよく飲んだこと。
65期はまとまりがよく、気の置けない仲間ばかり。
いつも本当にいい友達に出会えたことに感謝するのでした。

昨日は目黒雅叙園で行われている神の手・ニッポン展に行ってきました。
どれも素晴らしいの一語でした。
特に印象に残ったのは立体切り絵アーティストのSouMaさんと、ポップアップアーティストのHIROKOさんの作品でした。

 

IMG_2002
SouMaさんは島根県の出身で松江の観光大使も務めているそうで、身近に感じて図録を買ってきました。
その中から撮った写真です。すべての作品は繋がった1枚の紙からできているそうです。
まさに神の手の持ち主です。

 

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HIROKOさんの作品はかなり考え抜いた設計図と紙を切り抜く技術が必要なポップアートです。
まさに神業。
簡単な「飛び出すカードの手作りキット」が売ってあったので、3セットも買ってしまいました。(これはその中のひとつです)
これからじっくり組み立ててみたいと思います。(うふふ、楽しみ)

合羽橋にも寄ったので帰りは荷物がパンパンに膨れ上がりました。
でもとても重実した2日間で、頭の中の錆が少し落ちた感じがしました。

神の手・ニッポン展は今月の28日までありますので、もし興味をお持ちの方は行かれてみたらいかがでしょう。
きっと感動することと思います。

合格桜

公開日:2015/06/06

今朝、新聞を取ろうと外に出てみると、寒い、寒い。
温度計は12.5℃。
暑さに慣れた体には応える涼しさ。

 

IMG_1993 - コピー

ふと散歩がてらに桜の木を見てみると、未練がましくしがみ付いている八重の桜が目に留まりました。
老衰でヨボヨボになりながら、明日をもしれぬ命を(自分はまだ元気だと思って)、「まだまだこの世で生きるわい」と生に執着している天晴れな老人の姿が目に浮かびました。

 

IMG_1997

他の桜はサクランボになっている季節。
6月でもまだ散らずにいる桜なんて初めて見ました。
これは大風にも耐えて散らずに残った桜、落ちない桜、合格桜です。
(萎んではいるけれど)まさに桜咲く、合格桜です。

おっぱい

公開日:2015/06/04

部屋を片付けているとさまざまなものが出て来ます。
ずっと捜していても見つからなかったものが「こんなところに!」と見つかることも多いです。
また忘れてしまって、それも大して大事ではないものも出て来ます。

IMG_1991

これはパルパルのおしゃぶり。
ポッチーちゃんたちがここにいた時、たまたま床に転がっているのを見つけてしゃぶっていたら、ポッチーちゃんに
「お母さんが口に入れたものは虫歯菌がうじゃうじゃついているからパルパルに与えないで!」と怖~い眼で睨みつけながら言われてしまいました。
それ以来このおしゃぶりは私のものになっています。

私は自分の子どもたちにはおしゃぶりなんか吸わせなかった。
ちゅぱちゅぱ吸っている姿は好きではありませんでしたからね。
(←ヒガミです。 私がちゅぱちゅぱするのはいいのです)

私はおっぱい大好き。
めいさんは私より大きなおっぱいをしています。
(でも形は悪くて私曰く『ハの字パイパイ』。 乳輪がだらしなく垂れていて、カタカナのハの字に見えるから)
私は赤ちゃんのように純粋にちゅぱちゅぱしたいのに、絶対に吸わせようとしないし、ざわらせようともしないのですよ。
毎晩めいさんは自分のおっぱいを手のひらで隠して、私にさわらせないようにして寝ているのです。
あのおっさんが両手でおっぱいを隠している姿って想像できます?

「ポッチーちゃんに吸わせてもらえ。」と言うので、リピリピやパルパルがおっぱいを吸っているときにそっと孫に混じって口を持って行ったらポッチーちゃんにひっぱたかれました。
ピッチーちゃんからは「お父さんに飲ませてもらいなさい」ときつく言われました。
でもめいさんは飲ませてはくれません。
見かねたポッチーちゃんはめいさんに言ったことがあります。
「1日3回、30分ずつお母さんに吸わせてあげたらお母さんは満足するよ。」
でもめいさんのガードは固く、指1本触れさせてはくれません。

なぜ私はこんなにおっぱいに執着を持っているのでしょうか。
それは私の幼児期に遡ります。
上は姉、私は妹。
末っ子でいっぱいおっぱいを飲ませてもらっていたのに、弟が生まれたとたんに吸わせてもらえなくなったのです。
それに初めての男の子だったのでとてもかわいがられ、私は末っ子の座を奪われたばかりか、大好きなおっぱいとも別れなければならなくなりました。(憎ったらしい弟です)

これが成人し、老人になった今でも、おっぱいの懐かしさはひとしおで特別な思いがあります。
で、どうしたことかおしゃぶりをちゅぱちゅぱやっている幼児を見ると、私がしてもらえなかったことをしているのでヒガミ根性がむくむくと湧いてくるのです。
(私たち姉弟もおしゃぶりナシで育ちました)

そういえばこんなこともあったなあ。
めいさんと付き合っていたころ(なんと7年間も付き合っていました)
「哺乳びんに牛乳を入れて飲みたい。」と言ったら、めいさんは薬局に行って本当に哺乳びんを買ってきてくれました。
早速牛乳を入れてちゅうちゅう吸っていると、めいさんは目を丸くして
「まさか本当に哺乳びんで牛乳を飲むとは思わなかった。」と言いました。
私も、
「まさかめいさんが哺乳びんを買ってきてくれるなんて思ってもいなかった。」と言いました。
その時の牛乳の味は一段とおいしく感じましたよ。

さてその私も結婚して子どもが生まれ、お母さんになりました。
子どもがおいしそうに吸っているおっぱいはどんな味がするのだろうかと、自分で自分のおっぱいを飲んでみることにしました。
私は幸せなことにおっぱいは溢れるほど出ました。
子どもたちがむせて大変だった程です。
(近所の子にも飲ませていました)

授乳時代の私のおっぱいはとても大きくて(しかもお椀を伏せたように形がいい)、自分で乳首から吸うことができたのですよ。
初めて飲んだ時、あまりのまずさにびっくりしました。
ほんのり甘いのはいいけれど、飲めたもんじゃない。
なんだ、おっぱいなんてこんな味のものだったのかとがっかりしました。
おっぱいは中身ではなく、その形とマシュマロのような手触りがいいのだとわかりました。

子どもたちにたんまり吸われたおっぱいは、今は見る影もなく萎んでいます。
ぺちゃんこになった今は自分の乳首に舌が届きません。
で、ときたま思い出したように、パルパルのものだったこのおしゃぶりを吸って口元の寂しさを紛らわせていたのです。
そのおしゃぶりが今日見つかりました。
半分忘れていたのですが、見つけたとたんに口にくわえてちゅぱちゅぱする私でした。

価値観の違い

公開日:2015/06/03

IMG_1869

「うわつ、きれい!」
今あちこちにハルジョオンが咲いています。
白から濃いピンクまでいろいろあって、グラデーションが美しい。
それに花も可憐です。
遠くから見ても近くから見てもいつもきれいだと思っているのに、悲しいことにこの花は雑草として引き抜かれてしまう運命です。

この花でイヤリングやブローチ、ネックレスや髪飾りなど作ったらとても素敵なものができるのに、世間一般の人の見かたと私とではかなりの開きがあるらしく、一般的には美しいものとして扱われてはいません。

春になるといつも感じるこのギャップ。
タンポポやカタバミも私は大好きなのに、これもまた引き抜かれる運命です。

目の覚めるような黄色の丸いタンポポは、群れて咲くとよけいに見応えがあります。
花の後のタンポポの綿毛も、見事なほどに美しいです。
カタバミの黄色い花もかたまって生えるので、黄色い絨毯を敷き詰めたみたいです。

だのに世間ではモモイロタンポポは珍しいので高く取引きされます。
濃いピンクのオキザリスもわざわざお金を出して購入します。

世の中、増えすぎるものは嫌われるのですね。
希少価値のあるものは大切にされています。
それもわかるのですが、私は私特有の価値判断があります。
極端に言えば好きなものは好き、嫌いな物は嫌い。

1億円もする嫌いなモノより、千円であっても好きなモノの方が私には価値があります。

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