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ケーナインヒルズ物語(お客様)

公開日:2018/09/30

私たちはお客様に恵まれました。
素敵なお客様に巡り会えました。
これもケーナインヒルズのおかげです。

ケーナインヒルズに集うお客様、特にリピーターさんたちは、私たちにとってとても大きな力となり、支えとなり、何かを生み出すアイデアの宝庫でもありました。
困っている時にはそれぞれのできる範囲で支えてくださり、悲しい時には共に悲しみ、嬉しい時には共に喜び、大きなパワーをいただきました。

東日本大震災の時は、リピーターさんたちがたくさんの物資を送ってくださり、ケーナインヒルズで受け入れた浪江町のペット連れの被災者の人たちに分け合うことができました。
玄関先のホールは援助物資で埋まりました。
ほとんど何も持ち出せなかった被災者の方々にとって、こうして集まった援助物資、特にペットに必要なものは本当に嬉しかったようです。
やっぱりペットを飼っている人たちというのは、困っている人たちのことを放っておけないことが多い。
目線を低くして考えるからではないでしょうか。

そしてSTAY WITH DOG に投票してくださったお客様にはとても感謝いたしております。
こうして毎年連続して賞をいただくことができたのも、面倒をいとわず、わざわざ投票してくださったお客様のおかげです。(STAY WITH DOG の社長さんから、「ケーナインヒルズさんの感想文の数はダントツでした。このままずっと残しておきたいくらいです。」と言っていただきました)

ケーナインヒルズは閉館しますが、「うちの子が心から寛げるケーナインヒルズというお宿が、昔、福島にあったよ。」と、ちらりと思い出して下されば、とても嬉しく思います。

 

PS: このHPは当分の間このまま残しておきます。
そしてケーナインヒルズのお客様で、めいさんや私、フーマと少しだけでも繋がっていたいと思っている人たちが予想以上に多かったので、何らかの形で繋がりを持てるようにしたいと思っています。
ブログは続けますので、暇があれば覗いて下さいね。

ケーナインヒルズ物語(盲導犬フーマ)

公開日:2018/09/29

IMG_0705 - コピー - コピー

今ケーナインヒルズにいるのは、3匹のネコと盲導犬フーマです。
フーマはめいさんの盲導犬候補として初めて家に来たとき、入って来るなり、1回だけ「ワン」と吠えました。
「へぇー、盲導犬なのに吠えるんだ」と言うのがその時の私の感想でした。

仙台での共同訓練を終えて、めいさんはフーマのユーザーになりました。
フーマを迎え入れてから私の盲導犬に対するイメージは全く変わっていきました。

それまでは「盲導犬は人間に使われてかわいそう」と思っていました。
それを覆してくれたのはフーマです。
フーマは目の見えない人を安全に目的地まで案内する特別な能力を持った犬ですが、一旦ハーネスを外すとごくごく普通の犬です。
「盲導犬、ハーネス外せばタダの犬」

フーマは何をしても楽しくて仕方のない犬です。
お仕事と言っても、人間がお仕事と言っているだけで、フーマにとっては楽しい遊びのようなものです。(そんなふうに楽しく訓練してくれた訓練士さんというのは、すばらしいの一言に尽きます)
めいさんと一緒にどこかに行くのは大好きです。
RIGHT GO!とめいさんがコマンドを出して右に曲がるとGOOD!と褒めてもらえます。
フーマはこのGOOD!と褒められるのが嬉しくて、ゲーム感覚でめいさんのコマンドを待っています。

フーマがまだいなかった頃は私がめいさんの案内をしていましたが、「めいさん右!」と口では言いながら左に曲がるというようなことはしょっちゅうで、よく叱られていました。
ところがフーマはただの一度も右と左を間違えたことはありません。
これには本当にびっくりしました。
「私よりはるかに頭がいいではないか。犬にしておくのはもったいない」といつも思います。

またフーマはWAITやSTAYが上手です。
私など昔から待つことが苦手でしたが(でもさすが歳を取ってからは若い頃ほど苦ではなくなりました)、フーマはいつまでも待つことができます。
しかもストレスをほとんど感じないで。
めいさんがいつも行く循環器の病院で、8時間も同じところでじっと待っていたことがあります。(この病院は処置室を1室、めいさんとフーマのために開放してくれています)
私たちの方が待つのは辛くて嫌だと音を上げても、フーマは気持ちよさそう転寝をしながら待っています。

雨の降らない日は毎日のように散歩に行きます。
心臓のよくないめいさんは、途中で何回も休まなければなりません。
でもフーマはめいさんのそばで(時にはまたぐら抱っこをしてもらって)涼しい顔をして待っています。

レストランでもフーマはじっとDOWNしながら待ってくれます。
仙台で牛タンを食べに行った時、お座敷でフーマの鼻と牛タンがわずか20㎝くらいしか離れていなかった時にも、フーマは食べようなんてしませんでした。(まあ、私たちがいたからでしょうけど)
「偉いねえ、さすが盲導犬」と思ったものです。

ハーネスをしていると「さすが盲導犬」と、尊敬しますが、ハーネスを外すと悪いことをすることもあります。
誰もいない部屋に食べ物があると、食べちゃうこともあります。
盲導犬は与えたもの以外は食べないと思い込んでいた私は、初めての「ワラビ事件」を経験してから、食べ物はテーブルの上に置いたままにしないように心掛けました。

「ワラビ事件」とは鉢に盛った煮ワラビが汁ごときれいに食べられているのに気が付いて、「あの大量のワラビ、めいさん、みんな食べたの?」と聞くと、めいさんは「全部は食べてないよ。半分食べただけ。」との返事。
・・・と言うことは、犯人はフーマ、フーマしかいない。
でもフーマは知らん顔のままでした。

またある日、めいさんが飲んでいるサプリメントの袋がずたずたになっていることに気が付きました。
「あっ、フーマだ。」
30日分のサプリメントがみんななくなっていました。
めいさんはフーマの口の中を手で調べてみたり、サプリメントの会社に電話したり慌てましたが、特別何も起きなくてホッとしました。

そうそう、「ハンドクリーム事件」もありました。
チューブに入っているハンドクリームを、フーマが半分食べてしまったのです。
で、今は蓋付きの容器に入っているものを使っています。
これならフーマは齧りません。

一番焦ったのは「たこ焼き粉事件」です。
フロントのドアを不注意にも開けたままにしていたら、フーマが奥のオーナー室入って行って、たこ焼き粉を食べた事件です。
白い粉状の犬の足跡がフロントの床に点々と付いていて、辿ってみると奥の部屋に置いてあったたこ焼き粉の袋から粉があふれ出ていました。
これは大変、たこ焼き粉には塩分が多く入っています。
めいさんも私も焦りました。
でも多少下痢をしたようでしたが、事なきを得ました。ホッとしました。

みんな食べることに関係した事件です。
フーマは食いしん坊ですからね。
それからというもの、私たちは食べ物をフーマの目の届くところには置かないよう気を付けました。

フーマは遊びが大好きですが、一緒に遊ぶと、力があるし、結構きついです。
跳び付いて、洋服を破られることもあります。
ピアノの前のカーペットは、継ぎ目のところからフーマが上手に中に入って、敷いてあったスポンジ状のものをボコボコにしたことがあります。
で、今もそのあとが残ったままで、カーペットは平らではなく、ボコボコしたままです。

フーマはハーネスを外せばごくごく普通の犬なんですよ。
でもハーネスを付けると、きちんとお仕事(フーマにとっては楽しい遊び感覚)をしているのです。
オンとオフの切り替えが上手です。
そしていつもユーザーと一緒にいる、しあわせな犬です。
焼きもちも焼くし、自分をいつも見ていてもらいたい、普通のワンちゃんです。

こう話すと、お客様は安心されます。
「盲導犬はお利口で、悪いことは一切しないものだとばかりだと思っていました。ストレスをいっぱい抱えてかわいそうだと思っていましたが、悪いこともすると聞いて安心しました。フーマ君を見て盲導犬の素晴らしさがわかりました。」

中には涙を流される方もいます。
「よかった。人間に使われるだけかと思っていました。よくないこともすると聞いて安心しました。普通のワンちゃんなのですね。よかった、本当に。フーマ君、お仕事がんばってね。」

フーマがいて盲導犬の良さ、素晴らしさを伝えることができてよかった。
フーマのおかげです。

フーマは今日も元気にめいさんと大好きな散歩に出掛けます。
ハーネスを付けた姿はさすが盲導犬です。

ケーナインヒルズ物語(2代目看板ネコぴっぴと懐かない野良猫)

公開日:2018/09/28

ぴっぴ - コピー

ぴっぴは静岡県伊東市のお客様からもらったネコです。
奥様がネコの保護をされていて、今でもネコが何十匹もいます。
1階が病院、2階が自宅で3階が保護したネコのスペースだそうです。

部屋がいくつもあって自由に出入りでき、病気の子は別に1部屋確保してあるそうです。
世話をするパートの人もいて、至れり尽くせりです。
(時々、ケーナインヒルズにきて本当にしあわせだったのかとさえ思うことがあります)

もんに育てられたぴっぴはワンちゃん大好き。
最初の頃はお客様のワンちゃん誰とでも鼻を突き合わせて挨拶できるネコでした。

でも東日本大震災で原発から10㎞以内にある浪江町のペット連れの被災者を受け入れてからというもの、ぴっぴはワンちゃんが苦手になり、姿を見ただけでも逃げてしまうようになりました。

ワンちゃんの中にとてもよく吠えるミニチュアダックス君がいました。
ダイニングでいつも同じところに繋がれて、ぴっぴが来るたびにかなり強烈に吠えていました。

でもこのミニチュアダックス君はちっとも悪くはありませんよ。
ちゃんと吠えて知らせてくれているのです。
けれどもそれまで犬に吠えられた経験のなかったぴっぴは、それはそれはビックリしてしまったのです。

ぴっぴにしてみれば、自分のお家に見知らぬ犬がある日突然入って来て、自分がいつも歩くところを占領して、しかも強烈に吠えてくるのですから、犬に対して持っていたイメージがひっくり返ってしまったのだと思います。
でもミニチュアダックス君にしてみれば、きちんとお仕事をしているので、褒められなければならないはずなのです。

このギャップが埋め合わせられないまま、今に至っています。
「ポチたまペットの旅」の撮影の時でも、まさはる君を見たぴっぴはペット室に逃げ帰ってしまいました。

ぴっぴは舐めネコで、ざらざらした舌でどこでも舐めてきます。
まさに犬並み。
ペット室で食器を洗うめいさんの顔や腕をイヤというほど舐め回します。

挙句の果てには頭の毛を齧って抜いてしまうこともあり、「頭の毛が少なくなってきたんだから齧るな」と、めいさんから叱られています。
それでもぴっぴはお構いなし。
自分の思うまま、気の向くまま、ネコらしいネコです。

コロはみっくを育て、みっくはもんを育て、もんはぴっぴを育てました。
犬はネコを育て、ネコは犬を育て、犬→ネコ→犬→ネコと上手に育てていきました。

 

クロベエとマリー - コピー

ケーナインヒルズにはぴっぴ以外にももう2匹のネコがいます。
このネコも伊東市から来たネコです。
この2匹は兄妹で、どうもお母さんが野良猫だったみたいで、全く懐かないネコでした。
(ぴっぴも野良ネコでしたが、お母さんは飼い猫だったようで人に馴れていました)

怖がりで、ペット室を出たことはほとんどありません。
外歩きの好きなぴっぴに釣られて廊下に出ることも数回ありましたが、すぐに恐怖の声をあげてペット室の前で戸を開けてもらうのを待っている有様です。

クロベエはよく鳴く子です。(いつも聞こえてくる鳴き声はほとんどこの子です)
マリーはケージから出すとすぐにケージの上に上がっていく子です。
2匹とも来たころに比べればずいぶん馴れてはきましたが、野良ネコの血はしっかり受け継いでいるようで、みっくやぴっぴとは全く違います。
抱っこされるのは大嫌いなようで、1分と持ちません。

ネコは3匹ともフーマとは仲よしで、クロベエは毎日フーマが入って来るのを楽しみにしていてよく一緒に遊んでいます。

ケーナインヒルズ物語(初代看板ネコみっく)

公開日:2018/09/27

保管室の前で上を向いているみっく

「みっく」はやっと目が開いた頃、迷い込んできたネコです。
おっぱいが欲しくて、当時飼っていた犬のコロのところに行こうとしていました。
ブロックを横に倒した高さでさえも越えることのできないほどの小ささでした。

みっくはコロのおっぱいを吸おうとしましたが、コロは気持ち悪がって後ずさりをしていました。
でも何度もトライするみっくに負けてしまって、オス犬だというのに、終いには自分のおっぱいを吸わせるようになりました。
突き刺さる鋭い爪でおっぱいを揉むので、コロのおなかは傷だらけになりました。
おっぱいが出ないのにちゅうちゅう吸われて、乳首から血が出て、その血がカサブタになってもちゅうちゅう吸われて、コロはさぞ痛かったに違いありません。

包容力のあるコロはみっくを受け入れ、ふたりはいつも一緒でした。
みっくはお母さんのようなコロが大好きで、片時も離れようとはしませんでした。
晴れた日にはコロの背中の上に乗って日向ぼっこ。
寒い日にはコロのおなかの中にすっぽり入って顔だけを出して、気持ちよさそうにしていました。

自分を犬だと思っていたみっくは、コロに倣って「オスワリ」「オテ」「チン」をすぐに覚えました。
そしてコロの首から長い鎖で繋いでもらっていました。

白ピヨの攻撃を受けそうになると、コロに助けを求めていました。
鎖で繋がれているので逃げられないし、犬小屋の上に逃げても、この高さでは鶏は羽をバタつかせて上ってきます。
コロは白ピヨに鼻を突かれても、みっくを守ってやっていました。

みっくはコロが大好き。
コロがいてくれれば安心でした。

そのコロも15歳で亡くなりました。
朝、めいさんが散歩に連れて行こうとしたとき、「コロ、散歩に行くよ」と何度声を掛けても起き上がろうとしなっかったので、よく見ると死んでいたとのこと。
前日東京で学会があり、真夜中に帰ってきたときには、コロはいつもと同じように元気だったと言います。
コロが死んだとき、みっくはコロの背中の上でいつもと同じように寝ていました。
体を触ってみるとまだ温かく、亡くなったばかりだったようです。

みっくはコロが死んだということがわかりませんでした。
1週間くらい経って、いつも一緒にいたコロがいないのがわかったらしく、「わお~ん、わお~ん」とさびしそうにコロを呼びながら一日中鳴いていました。

この頃から近所のオスネコがみっくに目を付けてやって来るようになりました。
みっくは犬は好きですが、ネコは嫌いです。
毎回取っ組み合いの喧嘩になりましたが、不思議なことに鎖に繋がれていても、みっくの方が強かったのです。
オスネコはスタスタ逃げ出すのでした。
喧嘩をした後には、小さな毛の塊があちこちに散らばっていました。

でもさすがオスネコ、諦めずに毎日来ていましたよ。
そしてみっくと取っ組み合いをして、また負けて逃げて行きます。
それが何回か続いたので、それからというもの、みっくは家の中で飼うことになりました。

いつ来てもみっくがいないので、オスネコは毎回玄関先にオシッコを掛けて行きました。
ネコ忌避剤を撒いて、やっとオスネコも来なくなりました。

 

みっくHP作成用 - コピー

みっくはおとなしいネコでした。
抱っこされるのが大好きで、誰の膝にも乗ってきます。
そのままにしておくと2時間でも3時間でも膝の上にいるネコでした。
ケーナインヒルズでもお客様に抱かれて満足そうにしていましたっけ。

みっくを大好きなワンちゃんがいます。
ケーナインヒルズに来るたびにペット室の前でいつまでもオスワリして、みっくを待っているのです。
先日も真っ先にペット室に行って、みっくが出てくるのを待っていたそうです。
お客様が「みっくちゃんはもういないのよ」と言っても、諦めないで待っているそうです。
みっくとの忘れられない思い出があるのでしょうね。

そのみっくも21歳でこの世を去りました。

ケーナインヒルズ物語(看板犬もん)

公開日:2018/09/26

私たちがケーナインヒルズを立ち上げた時のペットは、犬の「もん」とネコの「みっく」でした。
看板犬になれなかった「もん」は、めいさんが茨城にいた頃、冬、村の予防注射で村内を回っていた時に見つけた子です。

 

寝ころんでいるもん - コピー

廃車置き場を根城にしていたらしく、いつも同じ場所にいたと言います。
近くに小学校があり、大きくなって子どもたちを襲う心配があるため、うちで飼うことにしました。
いじめられていたのか、ドッグフードを持って行っても私たちがいると食べようともしません。
私たちが姿を隠すと、辺りを見回して誰もいないことを確かめ、ササッと食べて、すぐに廃車の下に隠れてしまいます。

3日目に、買って帰った長岡の味噌まんじゅうを持っていくと、こんなおいしいものを食べたことのないもんは、何個か目に私の手から食べるようになりました。
隙を見て手を伸ばし、捕まえて連れて帰りました。

車の中ではとてもおとなしくしていました。
家に着いて車から降ろすと、もんは当時飼っていた犬のコロとネコのみっくを見て、とても喜んで一緒に遊ぼうとしました。
白色レグホンの白ピヨとも友達になろうとしましたが、白ピヨは逃げ回っていました。
この日からもんはうちの子になりました。
雪の降る寒い日だったのでめいさんが「木枯し紋次郎」から「紋次郎」と名付けました。
私たちは「もん」と呼ぶようになりました。

白ピヨは自分が一番強いと思っていた子で、コロはよく鼻を突かれ血を流していました。
みっくは白ピヨが怖くて怖くていつもびくびくしていました。
(めいさんも白ピヨが怖くて、自宅から目と鼻の先の病院に行くのにも、白ピヨに襲われないように箒をぶんぶん振り回しながら庭を歩いていました)

犬もネコも怖くはないはずの白ピヨが、もんを見てなぜ逃げ回ったかというと、以前野犬に襲われたことがあったからです。
それも茶色の犬に二度も。
二度目は300m離れたところまで口でくわえて連れて行かれ、それを見たポッチーちゃんが追いかけて白ピヨを取り返してくれました。
相当ショックだったらしく、この時はさすがぐったりしていました。
めいさんが傷の手当てをしてしばらくすると、気を取り直して元気になりました。

本当はポッチーちゃん、白ピヨが大嫌いだったのですよ。
庭でよく追いかけられていました。
自転車に乗っていて、敷地内で追いかけられ、倒れて太腿にケガをしたこともあります。
広範囲のかすり傷で、1年経っても傷あとが残っていました。
クリスマスが来るたびに「お父さん、早く白ピヨをローストチキンにしてちょうだい」と言っていましたっけ。

自分が一番強いと思っていたのに、その時以来、白ピヨは茶色の犬を怖がるようになりました。(鶏は色がわかるのかな?)
もんを拾ってきた翌日、白ピヨを小屋から出して庭を歩かせていると、まだ鎖で繋がれていなかったもんがコロと一緒に入っていた犬小屋から出て来て、白ピヨに近づいて行きました。
びっくりした白ピヨは逃げ回りました。
もんは白ピヨを追いかけて、一緒に遊ぼうとしましたが、白ピヨはおよそ鶏の鳴き声とは思えない声で鳴いて逃げ回っていました。

その時めいさんと私は、入院していたペットを診るため病院に行っていました。
そして30分後、私が自宅に帰ろうと犬小屋のそばを通った時、鶏冠を紫色にした白ピヨが倒れているのを見つけました。
病院にいるめいさんを呼んで診てもらいましたが、すでに死んでしまっていました。

もんは白ピヨと遊ぼうとしただけで、もんが悪いわけではありません。
怖い白ピヨがいなくなって、みっくは突かれる心配もなくなり、心から寛げる日々が送られるようになりました。

みっくはコロの首から長い鎖で繋がれていました。
みっくとコロはいつも一緒で、同じ犬小屋にいました。
もんは少し離れた、大きなプラタナスの木の根元に犬小屋がありました。のみっくはもんにとって一目置かれる存在でした。

みっくはもんの憧れであり、いいお姉さんでした。
もんはいつもみっくの仕草を遠くからじっと見つめていました。

めいさんはよくみっくのおなかを箒で撫でていましたが、もんも同じように撫でてもらいたいと思っていたようです。
ある日、めいさんがもんのおなかを箒で撫でてやると、嬉しくて仕方がなかったようで、自分もやっとネコと同じことをしてもらえたと、感無量の面持ちでした。

それからというもの、めいさんはよく、棒切れやシャッター棒でもんのおなかを撫でていました。
棒は撫でてもらえるものだと思っているので、もんが寝転がっている時に頭の近くで思いっ切り地面を叩いても、もんはびっくりすることもなく、怖がりもしませんでした。

もんはみっくに育てられたので動作がネコ的なところがありました。
ウンチをするときに前足でササッと砂を掻くのです。
だいたい犬は、ウンチをした後に後足で砂を掻くことはしても、ウンチをする前に前足で砂を掻くことはしません。

福島に来たときにはコロは亡くなっていたので、もんとみっくだけでした。
ペットと泊まるペンションなので、もんは一応看板犬になりましたが、ケーナインヒルズに来るワンちゃんの9割以上はもんを嫌っていました。
遊ぼう、遊ぼう、と近づいて行っても、無視されるばかりで遊んでもらえませんでした。
でもお友達になりたくて仕方のなかったもんは、咬まれて鼻から血を出しても、めげることなく近づいて行っていました。

ポタポタと血が落ちるほど咬まれても、相手を咬み返すこともなく、健気にお友達になろうとしていました。
これにはとても感心しました。
本当はもんはりっぱな看板犬だったのかもしれません。

 

遠くを見つめるもん(牧場) - コピー

もんは16歳でこの世を去りました。
そうそう、もんが亡くなった時、たくさんのお客様から花束をいただきました。
本当にありがとうございました。
私が死んでもこんなにいっぱいの花束は届かないと思います。
それだけもんはみなさまから愛された犬でした。

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